<歪みに関する基礎知識>
(第ニ回) ”チューブ(真空管)回路での歪みはなぜ良いのか?”に迫る導入部
1.電気回路的に考えたチューブ回路のメリットの説明に関して
チューブ回路には前回挙げたようなメリットがあるわけですが、”では、なぜこのようなメリットが生まれるのか?”ということについて深く追求した文献や雑誌の記事等は意外に少ないものです。
近年のように、チューブ回路のアンプの音を再現しようという”アンプモデリング機器”が数多く作られている状況においては、メーカー側(または設計者)では、このナゾをある程度解明しているのかもしれませんが、一般の書籍等においては、あまり語られていないのが実状かと思います。
歪みの特集記事等を見ても、”チューブ回路での歪み音においては、偶数次倍音が多い”といったあたりしか出ていないものでありますので、その本質を理解することがなかなかに困難となっております。
しかし、これを考えることによって、様々なモデリング機器の音等が本当に求めるものとして達成されているかどうかを推し量ることもできるかもしれません。
まずは、多少なりともその本質に迫った(と思われる)、リットーミュージック系の昔の記事の概要を挙げてみましょう。(ただし、B項に関してはチューブのギターアンプ(またはヘッド)での話です。)
<チューブ回路での歪みの音質が良い理由の推測>
@チューブアンプの回路を構成する電気素子の数は、トランジスタ系アンプに比べ少なく、またフィードバックをかけない少ない段数で利得(⇒増幅率、ゲイン)を稼ぐことになるので、1つ1つの素子の特性が音質に出やすい。
Aチューブ回路の電源電圧は、トランジスタ系の回路の電源電圧よりも高いので、ダイナミックレンジが大きく、波形の頭が急激につぶれにくい。
Bチューブアンプのパワーアンプ部の出力トランスは、アンプの回路で発生した鋭い歪み波形を緩和する働きがある。
2.再度まとめると
1の内容としては、電気回路に関する専門用語的な言葉も多いので、一般のかたにはわかりにくいところがあるかもしれませんが、ある程度その本質を突いている内容となっているかと思います。
ただし、先にも書いた、倍音関係の話は明確には含まれていないものですので、そのような話も含めてあらためてまとめて書くと、”チューブ回路の特徴”とは、以下のようになるでしょうか。
(1) チューブの回路はシンプルな回路であるので、チューブ(真空管)をメインとするそれぞれの電気素子の特徴が出やすく、良い特性を持つ部品さえ使用すれば、その部品のメリットを生かしやすい。 これに対し、多くの素子を使用しているトランジスタ系回路は、たくさんの素子の特性が総合された音質となってしまいやすいので、設定がむずかしいことになる。
特に、チューブは交換しやすいということがあるので、自分の好みの音質特性を持つチューブを選ぶことによって、音の設定が行いやすいというメリットは大きい。
(2)基本的には、回路の電源電圧が高いほど回路の利得(⇒増幅率、ゲイン)を大きくでき、かつ低ノイズ化(⇒S/Nを大きくできるため)もできるので、もともと数百ボルトの電源電圧で作動させるチューブ回路は、音を歪ませるためには適している。
(3)チューブ(真空管)回路で大きく信号を増幅させると、チューブの特性から、偶数次の倍音を中心とした歪み波形が発生しやすく、聴き心地の良いまろやかな歪みの音質となる。 これに対し、奇数次倍音を中心とした歪み波形となりやすいトランジスタ系の回路の音は聴き心地の悪い(耳触りの悪い)歪みの音質となってしまう。
(4)アンプ(またはヘッド)での場合、プリアンプだけでなくパワーアンプもチューブ回路であるならば、パワーアンプ部で発生する歪みもまろやかなさを増長し、また、スピーカーへのトランス出力部は高域をある程度減衰させる特性を持つので、よりまるく太い音質になる。
3.倍音の話はかなり重要
このようなことで、モデリング機器等も、当然上記のようなチューブ回路の特徴をディジタル回路技術で再現できているはずなわけですが、実際には上記のうちで達成できているのは、(1)と(2)と(4)であり、最も肝心な(3)の達成度が低いのではないでしょうか。
この(3)は、”含まれる倍音の種類による音質”ということが大きく関係してくるわけで、この詳細については、次回以降に詳細を書きたいかと思いますので、ここでは概要のみにとどめますが、”チューブ回路の音は、歪ませた場合の偶数次倍音の多さによって支えられている”ということが話の中心であります。
しかし、ここでの落とし穴は、”チューブ回路で歪ませた音は、偶数次倍音だけで占められているわけではない”ということです。
チューブ回路で歪ませた波形をオシロスコープ等で観察してみると、奇数次倍音もそこそこな割合で存在することがわかるものです。
チューブ回路で歪ませる場合は、3段階程度の増幅段の繰り返しで次第に歪みを多くしていくわけですが、3段目を通過した波形では、かなり時間軸で拡大して見ない限り、一見かなり鋭い波形となっており、この時点では奇数次の倍音もけっこう含まれていることがわかります。
すなわち、”偶数次倍音をメインとしながらも、ほど良く含まれた奇数次倍音”、これが実はチューブ回路での歪みの本質であると言えるかと思います。このことにより、単に中域主体の太い音質ではなく、音にツヤやキラメキ的な成分が含まれるようなことになってきます。
通常のオーバードライブ等の歪み系エフェクターの回路で歪ませると、偶数次倍音にこだわるあまり、ほとんどが偶数次の倍音で占められてしまうことになります。この状態では、こもった太い音にしかならないことになり、通常のディストーションよりは良いものの、イマイチチューブアンプの音質には近づけないことになるわけです。
また、モデリング機器の信号処理では、”チューブの音は中域主体の太い音”という観念から、高域を大きくフィルタでカットしてしまい、やはり、こもりがちな音質となって、音ヌケが悪いといった状況を発生しがちとなっているようです。
本物のチューブの回路で生ずるような”適度な奇数次倍音の存在”というものは、大規模なディジタル回路でないと再現しにくく、このあたりが製品コストの問題とも相まって、モデリング機器の開発の障壁となっているのではないでしょうか。
4.電源電圧も重要
さらにもう一点重要なこととして、上述した電源電圧の話があります。
チューブ(真空管)とは、基本的には数百ボルトの電圧をかけて、始めて高い利得(増幅率)を発揮し、最終的には音質にかかわるその特性も生かせることになります。
したがって、通常のコンパクトエフェクターの電源である9ボルトといった低い電圧では、チューブの本来の性能は発揮できないことになります。これに関しては、6.3ボルトといった低い電圧ながら消費電力が大きいために電池(バッテリ)の使用では不可となる、ヒーター用の電源がチューブには必要ということもあるのですが、いずれにせよ、低電圧では、素子の特性も生かした高利得と低ノイズ化は非常にきびしいということです。
トランジスタ系回路でのオーバードライブやディストーションでは、チューブのようなヒーター電源が必要ないこともあって、何とか9ボルトのバッテリで動作させようということになり、歪み音を生成するために無理やり波形をつぶすような回路方法をとっております。
しかし、これでは、奇数次倍音か偶数次倍音のどちらかに極端に寄るような音質となりがちであり、やはり、チューブアンプで出せるような”偶数次倍音をメインとしながらも、ほど良く含まれた奇数次倍音”というものから遠ざかることになってしまいます。
また、近年のチューブ回路での歪み系エフェクターやプリアンプにおいても、部品/製造コストを下げるために、9〜12ボルトのような低電圧でチューブ回路を作動させているものが多くみられます。この場合の利得の不足に関しては、トランジスタ系回路を初段に持ってきて組み合わせるようなハイブリッド型をとっているものが多く、チューブ回路はあくまでも最終的に音質的な味付けを行うというようなコンセプトとなっております。
この形式に関しては、トランジスタ系オンリーの回路よりは、チューブ回路の音に近いとは言え、やはり本来のチューブ回路の歪みの音質にはならないものとなってしまいます。
また、当然、電源電圧の低さによるノイズの増加も招きやすいことにもなります。
これから先、このような形式が増えそうな気配ですが、一度は本来のチューブ回路の音を体験し、それと比べて判断するような姿勢は重要となるのではないでしょうか。