21.ダイレクトボックス(D.I.)


(ポイント)

1.ダイレクトボックス(D.I.)は、長いケーブルにてノイズの影響を受けにくくする信号形式(バランス型)に変換するための機器。

2.出力インピーダンスを”ローインピーダンス”に変換し、ノイズの影響を受けにくくするという機能も持つ。


3.以下のようなものを業務用の(PA用の)ミキサーに接続するためには必要となる。


 ・エレキベースの出力(エフェクターを経由する場合も含む)
 ・ベースアンプの通常のラインアウト
 ・エレアコの出力
 ・その他プリアンプやアンプモデリング機器の通常出力

4.D.I.のタイプには、パッシブ型とアクティブ型があり、次のような長所短所がある

<パッシブ型>
長所:
・トランスを使用するため、電源がいらない

短所:
・信号レベルの低下が発生する。
・十分に小さな出力インピーダンスに変換することはできない。
・上記のことから、エレキベース用には向かない。通常は入力部のみがアクティブのセミアクティブ型を使うことになる。

<アクティブ型>
長所:
・信号レベルの減衰無く、十分なローインピーダンスへの変換が可能。

短所:
・使用する回路素子及び回路方式によって音質が決定されるため、音質劣化等がないよう、設計には十分な注意が必要。


(解説)

1.D.I.とは?

 D.I.は、”ダイレクト インジェクション ボックス”(Direct Injection Box)の略称(DirectのDiでは無い)で、日本では略称としては”ダイレクトボックス”と言ったほうが一般的です。(ダイレクトボックスは和製英語だそうです)

 ライブハウス等においては、必ずステージ上に置いてあり、ベースの出力やエレアコの出力をPAのミキサーにケーブルで接続する際に使われるものですので、バンド活動を行っている者にとっては常に御世話になるものでしょう。
 これは、楽器またはアンプからの出力信号の伝送形式を変える機器であり、一種の変換ジャック(アダプタ)とも言えるものですが、本来の目的は、長いケーブルで信号を送る際に、その途中で載ってくるノイズ(雑音)をできるだけ小さくするということです。


2.D.I.の機能

 ということで、サンズアンプの"BASS DRIVER D.I."に代表されるように、プリアンプであると共にダイレクトボックス(D.I.)の機能も持っているベース用の機器も近年は流行なわけですが、まずはD.I.の機能を説明しておきます。

 通常のギター/ベースの出力、またはアンプのライン出力は信号ラインとアースラインの2端子(⇒フォンタイプのプラグ/ジャック)になっておりますが、これはアンバランス型と呼ばれる伝送形式です。
 これに対し、3端子になっているマイクケーブルのプラグをスタジオ等でよく見かけることがあるかと思いますが、これがバランス型と呼ばれる信号伝送の形式であり、ホット/コールド/アース(グラウンド)の3端子(⇒XLR型のコネクタ)となっております。

 ライブハウスでの状態を想像していただければわかるかと思いますが、ステージからミキサーまではたいへん長い距離があり、各パートの音を送るには長いケーブルが必要とされます。この時、空間には多くの電磁波等が飛び交っておりますから、この長いケーブルはアンテナとなってこれらを拾ってしまい、これがノイズ信号となって最終的にスピーカーから雑音が出てしまうわけです。


 バランス型伝送は、これを改善するために使用される方法で、まず、楽器等からの出力信号を2つに分岐し、片方を反転させ(⇒電気信号の位相を180度変えて反転させること。詳細は物理の教科書等で調べてみてください)、あらたに信号を作り、アースを基準電位(0ボルト)として、もとの信号を送るラインとは独立したラインで送るようにします。これにおいては、もとの信号を送るラインのことを ”ホット”、そして、位相を反転させた信号を送るラインのことを”コールド”と呼びます。

 この変換動作を行なうのがD.I.の役目なわけですが、このアースを含む計3本のラインをミキサーの3端子のジャックで受け、再度コールドラインの信号を逆転させ、ホットの信号との和をとると、本来の信号は2倍の大きさのレベルとなりますが、ラインの途中で載ってきたノイズ信号はプラスマイナスゼロで打ち消される、ということになり、ノイズの減少が達成されます。(実際には、打ち消されるのは同相ノイズと呼ばれるノイズ成分であり、ノイズが完全にゼロになるというわけではありません。)

 D.I.はこのような働きのために使用する機器なわけで、この機能は楽器本体の内部の出力部分にも、直接適用することができます。当然そのようにすると楽器からアンプまでのシールドにおけるノイズも減少させることができるわけで、プロのかたでは出力ジャック部をバランス型に改造している人もおります。
 ただし、プリアンプを搭載するのと同じで、通常は電源が必要になり、また、D.I.回路の特性による音質への影響も十分に考慮する必要が出てきます。

 ちなみに、業務用のミキサーは、通常は入力ジャックが3端子のバランス型となっておりますから、普通の楽器やアンプの出力を接続しようとするとD.I.のお世話にならざるを得ないということでもあり、これゆえに、D.I.は一種の”変換ジャック/プラグ”とも言えることになるわけです。(近距離であっても、D.Iを通して接続しなければならないということです。)


3.ローインピーダンスにもなるが・・

 近年使用されている多くのD.I.の内部回路は、オペアンプと呼ばれるICやトランジスタ等が使用されているタイプでありますので、これによってD.I.の出力インピーダンスは半ば自動的に十分なローインピーダンスになります。したがって、ローインピーダンスになることによってもノイズの影響は小さくできるわけで、”D.I.とはノイズを小さくするためにローインピーダンスにするための機器である”というような説明をしている資料等も多く見かけます。

 これはある意味当たってはいるのですが、本来は、上記のようにバランス型伝送に変換する経過において、信号の位相を反転させ、コールドライン用の信号を作るためにオペアンプ回路等を使用しているのであって、十分なローインピーダンスになるということは、この副次的な効果とも言えます。

 その証拠に、トランスを使って位相反転を行なっている、昔のタイプの純パッシブタイプのD.I.においては、入力する機器の種類に制限があったり、十分なローインピーダンス値に変換されないということもありますから、D.I.が全て実用的なローインピーダンス変換機能を持つとは言えないわけです。
 電気回路素子の進歩によって、D,.I.の内部回路は、トランス回路から、より効率の良いオペアンプ回路等に移り変わってきたわけで、この結果としてローインピーダンス化という機能要素も加わってきたと考えるべきでしょう。


4.ただし、音質の変化/劣化には注意

 上述したように、今日のD.I.の内部回路の多くは、トランスを使ったパッシブ型ではなく、オペアンプ回路等を使ったアクティブ型であり、このほうが電源(電池またはファンタム電源)は必要なものの、色々な面で扱いやすいわけですが、これらの電気素子による音質の変化や劣化には注意する必要があります。
 使用上での制限があったりするものの、トランスのほうが自然で素直な音が出たりするわけで、近年のアクティブタイプのギター/ベースに内蔵されているプリアンプの回路と同様に、使用されている電気素子の種類や質によって、いくらでも音質/音色は生音のものと異なるものになってしまう可能性があります。
 したがって、各メーカーのD.I.においても、その音には差が生じ、使用者各自の好みが出てくることになります。通常のライブ時等には、店のD.I.を使ってしまいがちですが、音にうるさい人は、個人持ちのD.I.を持ってきて使う場合もありますし、また、それだけ追求する価値があるものだと思います。(特にレコーディング時等においては)

 ただし、ライブの場合は、D.I.でいくら良い音の状態としても、それを実際の音にするのは、店のPA機器およびオペレーターの人の腕次第ですので、なかなかに難しいことではあります。やはり、その店それぞれにおいて、様々な条件を総合して検討していくことが必要でしょう。


5.エレキベースを接続する場合のD.I.について

 一般のパッシブタイプのエレキベースやエレキギターは、コイルを使ったピックアップの存在のために出力インピーダンスは大きな値となっています。したがって、これをD.I.に接続するためには、D.I.の入力インピーダンスはさらに大きな値である必要があり、また、D.I.の出力は十分な信号レベルを保った上で、十分なローインピーダンスに変換した状態であることも必要です。

 このような条件を満たすためには、トランスを使ったパッシブタイプのD.I.では不十分であり、アクティブタイプまたは入力部のみアクティブとなっているセミアクティブタイプのものを使うことになります。(⇒トランスを使ったパッシブタイプでは、出力レベルの低下が起こり、また十分なローインピーダンスにはできないものとなります。)

 パッシブタイプのD.I.ではその周波数特性から、高域が低下するようなことになり、逆にそれを個性として、あえて使うというようなこともあるわけですが、上記の理由から、出力インピーダンスが小さいキーボード等の楽器で使われるようなことが多くなるものです。